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稲爪神社神楽獅子

「大蔵谷の獅子舞」

「大蔵谷の獅子舞」の由来は戦国時代、九州大蔵氏の出である秋月種実が上洛の際、大蔵谷に宿泊した日が『稲爪神社』の宵宮であった為、そこで代々大蔵家に伝わる獅子舞神楽を奉献したことに由来します。それが伝承され、今日に至るまで地元稲爪神社の氏子により、大蔵谷村の悪病・災難払い・五穀豊穣を祈願し、毎年稲爪神社の秋祭りの宵宮で奉納されてきました。

また、江戸時代、大蔵谷村に疫病がはやり、その疫病を祓う為に行われていた神事が伝承され、毎年祭りの期間は氏子の家々を御祓いしながら獅子が地域周辺を廻ります(荒神払い)。 

大蔵谷の獅子舞は、古くは「西之組」・「中之組」・「東之組」 の三つの団体によって行われていましたが、戦後しばらくして「東之組」が活動を中止しました。その頃、西之組は「雄」獅子、中之組は「雌」獅子を演じ、同時に宮入奉納を行い、稲爪神社の秋祭りを盛り上げていたといわれています。しかし、その後「西之組」も「中之組」も活動を中止し、大蔵谷の獅子舞は事実上消滅してしまいました。その後しばらくして「西之組」と「中之組」で新たに『大蔵谷獅子舞保存会』を結成しましたが、これも獅子の舞い方に対する意見の食い違いなどが原因で分裂しました。

現在では「大蔵谷西之組獅子舞保存会」(西之組)と「大蔵谷獅子舞保存会」(中之組)の 二つの団体が稲爪神社の神楽獅子を復活させています。

「大蔵谷西之組獅子舞保存会」

西之組 獅子舞の特徴

西之組の獅子舞の芸は約三十程あり、非常に荒々しく豪快な獅子舞であるといわれています。さらに、全ての事象には「静」「動」が存在するといわれるように、西之組の獅子舞も「静と動」を兼ね備えた繊細な動きも見せます。例えば、動物が敵と遭遇した際、自分より強いか弱いかを判断をする為、一旦身構えます。そして敵に立ち向かう又は退く動作を見せます。このように「静と動」を兼ね備えた、野生的で尚且つ動物(獅子)に近い動きをする獅子舞は、日本全国でも少ないといわれています。だんじりの上で激しく舞ったり(はるか昔は稲爪神社の屋根の上で舞っていた事もあるといわれています)、獅子の心情や親子の愛情を表現したり、「二人継ぎ」(お山の道中)「羅漢上がり」という技と連動した「三人継ぎ」という大技など、独自の芸が特徴的です。

また、西之組は、先人の教えや非常に古い貴重な映像の研究によって、長年廃れていた芸や、簡略化されていた芸 (「手ぬぐい」という芸や、芸の最後を締めくくる芸「早又」など)を完全復元する事に成功しています。このように、伝統文化の保存と継承だけにとどまることなく、「復元」にも力を入れています。

過去に、大技である「三人継ぎ」を披露する際に歌っていた、『西之組の やけ獅子は 三人継ぎで ぶちゃらけた』(西之組の獅子舞はそれはそれは荒々しかった。あまりに荒々しかったので三人継ぎで肩に乗せた人を落としてしまった)という音頭の掛け声も最近になって復元出来ました。縁起がよくないと思われがちな詠い文句ですが、それを歌いながら最後まで芸をやり遂げ、成功させる姿は、観客をはじめ、見守っている獅子方までをもを魅了させ、最後のフィナーレの一致団結する掛け声として、財産として、後世代々受け継がれていくでしょう。

西之組 笛の特徴

どんな祭り事にも「七」という数が重要な意味を持つといわれ、「西之組の笛の音色」も芸によって七通りに吹き分けています。笛の調子は時が経つにつれ簡略化されてきましたが(おそらく多数の子供に教える為の簡略化などが原因)、近年先人の教えや古い映像を研究する事で、「古くから伝わる音色」を取り戻し、現在その音色を芸に反映させています。

西之組 太鼓・鐘の特徴

太鼓・鐘の叩き方は「せんまの太鼓」・「獅子が舞う基本的な太鼓」・「最後の締めの太鼓」など芸の違いに応じて大きく三種類に分けられます。特に獅子が出てくる時の「せんまの太鼓」は、先人の教えや古い映像をもとに、本来の叩き方を復元出来たと同時に、より一層躍動感ある音を表現出来るようになりました。

三神の舞

宮入奉納で獅子が登場するまでに、「てんぐ」・「おかめ」・「ひょっとこ」が『舞』を披露します。この三神は古事記が伝える『岩戸隠れ(天の岩戸)』の伝説に出てくる神々に由来しています。

『岩戸隠れ(天の岩戸)』の伝説

イザナギ・イザナミノミコトは結婚して日本国土や淡路島をはじめに八つの島々と多くの神々を生みますがイザナミは火の神を生んで死に、悲しんだイザナギは死者の行く黄泉国(ヨモツクニ)を訪れますが死霊となったイザナミノミコトらに追われて命からがら逃げ帰ります。イザナギノミコトは日向で「みそぎ」を行い太陽の神様天照大神(アマテラスオオミカミ)、月の神ツキヨノミコトと弟神の須佐之男命(スサノオノミコト)を生みます。

太陽の神様である天照大神の弟、スサノオノミコトがあまりにも悪さをする為、さすがの天照大御神も、これ以上ほっておけない、自分の責任だと感じて、心を清め高天原(世界)を清めようと、天の岩戸の中に、岩戸を立てて閉じこもってしまいました。太陽の神である天照大御神が隠れてしまった為、あたり一面真っ暗になってしまい、夜ばかりの世界になってしまいました。悪い神も騒ぎだし、災いが吹き出すように出てきました。困った神様達は、早く天照大御神に出てきてもらおうと相談を始めました。一番知恵のあるおオモイガネのミコトに、いい方法を考えてもらうことにしました。まず、長鳴き鳥を連れてきて鳴かせ、朝を告げました。次に、大きな鏡を岩戸の前に置きました。そして、神に捧げるよい言葉を唱えました。力の強いタヂカラオのミコトが岩戸の陰に隠れました。最後に、アメノウズメのミコトが大きな樽の上で裸踊りをされました。このダンスを見て八百萬(やおよろず)の神々はあまりにもおかしくて大笑いをしました。あまりにもにぎやかになったので、天照大御神は、気になってそっと隙間から外を御覧になり、「私が隠れて外は真っ暗なのにどうしてみんな楽しそうなのか」と尋ねました。アメノウズメのミコトは、「あなたよりもっと尊い神がおいでになったので皆喜んでいます」と答えました。そのとき、フトダマのミコトはそっと鏡を差し出しました。鏡には、光り輝く女神が映りました。天照大御神は、それが鏡に映った自分の姿とは気づかず、さらに身を乗り出して隙間を空け、御覧になろうとされたところを、タヂカラオのミコトが岩戸をつかんでぐいっと引き開け、天照大御神を外へお出ししました。

こうして高天原(世界)に再び光が戻ってきました。

              

てんぐ・・・猿田彦命(サルタヒコノミコト)

瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の降臨に際し、道案内をした怪異な容貌の神様。

おかめ・・・天宇受売命(アメノウズメノミコト)

天の岩戸の前で裸で踊り、神々を楽しませた美人の象徴と崇められている神様。

ひょっとこ・・・手力男命(タヂカラオノミコト)

神々の中で一番力持ちといわれている神様。口がゆがんでいるのは、天の岩戸を開ける際、あまりにもチカラを入れ過ぎた為といわれています。

三神の舞い方

大蔵町在住の先人である池田義雄氏(現在八十歳)の教えよって、古くから伝わる本来の臨場感あふれる三神の舞を復元する事が出来ました。

せんまの舞  

笛同様、せんまの舞い方も七通りあり、「どっこ」といわれる獅子のエサを手に持って、滑稽に踊ります。口や身体がゆがんでいるせいで、左右・上下の動きをしますが、これは東西南北天上天地 「全ての世界」の平穏を祈願した舞いを表現しています。

米搗き (こめつき)

米搗き機を使って精米をしている様子を表現した舞です。五穀豊穣を祈願し、てんぐが米搗き機に扮したひょっとこの頭を足で踏んで、おかめが米を混ぜるしぐさを演じます。「米搗きバッタ」という名の由来は、米搗きバッタ(ショウリョウバッタ)の後脚をそろえて持つと、米を搗くような動作をする事にちなんでいます。

大蔵谷西之組獅子舞保存会

我々「大蔵谷西之組獅子舞保存会」は無形文化財といえど、先人達の教えや貴重な古い資料からも積極的に学びとりながら、古くから伝承され続けてきた「昔のままの獅子舞の姿」を現代と後世に伝え、永遠に保存していく所存で御座います。

                                                                                                       _                      大蔵谷西之組獅子舞保存会

 

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